夏休み4日目
今日は、私の夏休み4日目。
のんびりトン助と過ごしたいけど、それより実母のお見舞いへ。
昨日の手術から一夜明けて、今日はICUから病室へ戻ってくるはず。
病室へ戻ってきたときに、そばにいてあげたい。。。
トン助は保育園に預けて、私ひとり母の病院へ向かう。
いつも通りの朝。
でも、出勤前の慌ただしさから解放され、私はひとりカメラを手に取る。
トン助の朝の風景・・・そう、朝からシャボン玉をもって遊びに夢中。
トン助が元気に保育園へ通ってくれるのだけが、今の私の唯一の救い。
病院へ行くと、実母はまだICUから戻っていなかった。
予定より30分ほど遅れて、ストレッチャーに乗せられてご帰還。
カラダ全体がむくみにむくんでいる。
手なんか、見られたものじゃない。。。
カラダのあちこちから管がのびて、血液やら体液やら色々なものが流れ出ている。
ペースメーカーもついている。
喉につけていた管の影響で、声も出ない。
でも、意識はしっかりしているみたい。
そっと手を握る。
「よく頑張ったね・・・
」
痛々しくて、ただ見守ることしかできない。
こんな状態なのに、ICUではもうベットから下りて立ち上がるリハビリをしてきたらしい。
とにかく術後すぐにリハビリを始めることが、回復への第一歩だと言うことらしい。
父が、昨日の手術の様子を少しずつ説明する。
母は、ICUで初めて目が覚めたときの様子をポツリポツリと話し始めた。
術後12時間がひとつの山場だった。
この間に脳梗塞を起こす可能性が低くはなかったらしい。
でも、いまこうして元気に目の前に母がいる。
ありがたいと心から思う。
昨晩は、心配でなかなか寝付けなかった。
父は、一昨晩が寝付けなかったという。
なぜか私は、術後の様子が心配だった。
咳払いをするのも胸に響き、痛いという。
水を飲むのも飲み込む動作が苦しいという。
それでも、母は話をしているうちに、少しずつ声が出るようになってきた。
顔色も時間と共に赤みが差してきたように思う。
手術が無事に終わり、ICUからも無事に出られた。
これからは、慌てずゆっくりと回復していってくれればいい。
お昼ご飯はジュースと重湯だった。
少しずつ口に運ぶ。
水分を取るのも大切なリハビリらしい。
ひとつひとつの動作が苦しそうで、見ているこっちが辛くなる。
食事が終わると、少し疲れたみたいだった。
父と私は、病室を後にし、院内で食事をした。
そこで私は帰宅した。
また、明日来るからと。
父は病室へ戻り、母に付き添いに行った。
父は、慢性肝炎を患い、若い頃から何度も入院をし、手術経験も数多い。
しかし、母は初めてだった。
その初めての手術が、こんな大きな手術になるとは、誰も予想していなかった。
母は常に元気で明るく、家族の太陽
だったから。
病室へ向かう父の後ろ姿が、何だかとても不安で小さく見えた。
父にとっては、初めて母に付き添い、母のお見舞いに訪れる日々。
毎晩、父はひとり自宅のベットで何を思うのか。。。
右のものを左にもしない父。
その父がひとりで家事をする姿は、娘には想像したくないものだった。
親は必ず老いていく。
私は、老いていく両親のサポートを全力でしていくつもりでいる。
でも、夫婦ふたり、最愛のパートナーを大切にする気持ちをお互いに持って欲しい。
今回の母の手術が、60を過ぎた両親の今後にプラスの出来事であればいいと願う。
娘として、私も色々なことを考えさせられた。
元気でいてくれる親の有り難み。
太陽のような母の強さと愛しさ。
大切な家族の存在を改めて感じることが出来た。
健康の有り難みを胸に抱き、家族をこれまで以上に大切にしていこうと思う。
そして、私もハハとして太陽になっていきたい。
「ママ、お疲れ様、ゆっくりでいいから着実に回復していってね
」
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